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復興小学校メモ

■そういえば、某所の設定で「関東大震災による初等科入学延期」設定って設定で1年留年みたいなのがあって。
それは本人が自主的にってことなのか、実際本当に1年休学なり留年はあったのか、どこ探しても震災翌年の学年進級が止まった資料が見つからない。
たぶんそう言った措置はないと思うんだが、2箇所くらいでその設定を使ってるのがあって、それなりになんか根拠があって設定してるんだろうしなー。
断定できるまで私もわかったわけではないんだけど。でもなー。

「復興小学校」の話が根拠ぽかったけど、それ崩壊した建物復興に数年かかった建築の事で、学校教育自体は1週間~2ヶ月休校後に他の学校へ分散したり、2部授業や青空教室で再開してるぽいしなあ。
教育止めたらどんなに大変なことになるか…。

小林正泰『大正期小学校建築と教育実践の連関に関する考察 : 「復興小学校」の一事例にもとづいて
千代田区の有名校・錦華小学校は2日から片付け開始、10/10露天での授業再開。
また、荒川小学校はサイトによると23日間の休学。

関東大震災後、小学校って1・2ヶ月間の休校後には授業再開してるっぽいけど、学校教育止まって入学停止してないよね?
そしたら初中等から高等教育機関にいたるまで全部アレになるよな。
うーん、もし入学延期の話が史実ではなかった場合、どう言うアレでその設定は出てきたんだろうか、ということも気になる。やっぱ復興小学校の?

要確認。


タグ:近代生活
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  • ひのせんせい!と老舎先生ノーベル賞のあの噂。

    ■大河ドラマあたりに火野葦平「陸軍」をぜひNHKでやっていただきたいなー。
    龍馬伝・坂の上の雲・あとお得意の15年戦争あたりまで確りカバーしてるから、小道具使い回し放題。
    ドラマ的にも一族3代にわたっての農民→陸軍人一家から「日本」を考えるってスペクタクルだろ!と思うんだけどな。
    ていうか【読んだこともないくせにレッテル貼られてしまう作家】の上位に食い込むと思う、火野葦平。
    麦と兵隊は、どう読んでも反戦小説。特にラスト。
    小説は初版発行が終戦5日前でしたが結局売れたかは謎…。
    ★関連:国立国会図書館 第135回常設展示 戦時下の出版

    「陸軍」も当時木下惠介監督による映画が陸軍省予算で出てたのに「出征する息子をおくる母の描写が反戦的」ってことで、この母親のシーンが原因で封切直後に上映打切りになったしさー。現代だからこその、要再考察の作家だと思うの。

    まあ結局、作品と云うものは時代による影響に物凄く受けやすい(それは今も昔も変わらない)っつー意味で、私はそれを理性と云う意味での「声無哀楽論」の応用だと思ってるんだけど。当たり前のことだけど、難しいよなー。自分自身含めて。

    どうでもいいけど、冬コミで買いまくってきた本の中で自ジャンルの京極を除き、群を抜いてジャンルとして多いのは社会主義ジャンルでしたwギロチン社本とか。 荒畑寒村自伝を読もうと決意。その次に226ジャンル…統制派皇道派どっちもバランスよくw 今回はミリタリ系回れなかったからそんな感じ

    火野葦平の著作権が今年の一月で切れることを教えて貰った(1960年1月自殺)。
    誰かが「現代の作家は自殺をしないからいかん」とか、とんでもない事言ってたなー。

    ■自殺といえば(言えばってあんま宜しくないアレですけど)
    あえて老舎の話をすればですね。
    ノーベル賞選考経過資料の守秘義務が切れる2016年を、注目しておる感じです。
    老舎の代わりに川端、って噂をね。
    そうであっても興味深いし、違っていても何故噂が「老舎」だったのか。
    でもまじで老舎はノーベル賞をとってもおかしくない。人道主義と、言う意味では川端よりもね。


    タグ:火野葦平 陸軍 大陸中文文芸
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  • 2009年12月。本のことなど。

    ■幾ら不謹慎な人間だと言われてもですね。
    今村栄治と黒島伝治と葉山嘉樹を一度読みした後の、心にのったりと暗惨たるコールタールが澱のように広がって貯まる気分の悪さをわかっていても読む行為をすることこそが、結局今の現代にいたるまであの時代から抜きってない証拠じゃないかと思うけど。
    老舎先生のもそんな感じよな。
    脱なんてナンセンス。なんてなー。

    あと、わたしは葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』は恋愛小説だと言い張る。
    そりゃテーマもスプラッタ性もホラー性もわかってるが、あの手紙はすごく好き!
    「私はどうして、あの人を送って行きましょう」
    「あなたも御用心なさいませ。さようなら」

    ■梅娘「僑民」は加筆補正版より、格段に初出雑誌版の方がエッセンスだけを凝縮してて名作と思うがそういうご時世だったから仕方ない。
    日本で働く中国人と、朝鮮人夫婦が阪急電鉄で乗り合わせる気まずい一瞬の話。
    現代でも十分通用する話。
    でも個人的にフェミとして読みたくない。階級・民族・時代性として読みたい。

    私の好きな女性作家は、たいてい長寿である。
    牛島春子も梅娘も上田トシ子も(まだ健在だが)山崎豊子も。男性に関しては結構ばらばら。なんでなんだろう。
    いや、たんなる偶然なんだろうけど。

    ■『金色夜叉』の間貫一はさ。
    あの優等生の絶望→ルサンチマンに陥って悪になってみるもなり切れず寝込んじゃうっつーダメっぷりが逆にばか愛しい。頑固だしさあw
    あれ、未完だからこそ良い気がするわー。
    …硯友社は紅葉先生だいすきクラブよな。
    (先生大好き度は根岸短歌会も木曜会も負けてないけど!)

    ■どこで読んだかうろ覚えだけど。
    病床の正岡子規を皆で囲んで談笑してたら、はとこだったかが帰るって席を立った時、はとこの着物の裾つかむわけですよ。のぼさん。
    「帰ってしまったら、その席が開いてしまうから、寂しいんじゃ。帰らんといて…!」
    って言ったってのが…!きゅんきゅんしすぎて死にそうだった…!
    アレの出典はどこだったか。

    ■【懐かしのメロディ】東海林太郎「国境の町」

    「一つ山越しゃ 他国の星が 凍りつくよな 国ざかい 」の雰囲気がすごく好きー。
    この「一つ山越しゃ他国の星が」という表現。
    近代になって満洲大陸に渡っていき、近代的(だって旧国あるからな)日本人が異国を感じるシンパシーであると思うと、すごく意味のある歌でゾクゾクする…!

    ■お、なんだ三重吉も池袋近くに住んでたんだー。
    赤い鳥クラスタは目白池袋か。
    どうでもいいが三重吉は漱石先生を情熱的に愛しすぎだと思います
    西池袋2丁目(狐塚)付近地図


    タグ:大陸中文文芸 文芸全般書 明治文壇 つれづれ胡思乱想
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  • 【思い出すことなど】特殊潜航艇の小説とか精神障害兵士の研究書

    ■好きな作品とか気になった資料のもぞもぞ。
    ・井上武彦『同行二人―特殊潜航艇異聞』
    ・清水寛編『日本帝国陸軍と精神障害兵士』

    ■2009年の12月6日のNHKスペシャル「真珠湾の謎~悲劇の特殊潜航艇~」かー!

    特殊潜航艇艇・九軍神に入っていない少尉と言えば酒巻和男少尉。
    その彼の立場をモチーフ(あくまでモチーフ)にした名作がございます。

    井上武彦『同行二人―特殊潜航艇異聞』(雄彦じゃないよ!)
    三島由紀夫が大絶賛で悔しがった名作。
    確かにこれは三島由紀夫が「自分の書きたいことを全部書かれた」って悔しがるわ。だって三島には書けないもの。

    真珠湾攻撃の特殊潜航艇を積んだ伊号潜水艦が呉から出港する。
    絶対に生きて帰れない特別攻撃命令を受けた、植物的な美形士官・坂田少尉と、無骨な下士官・稲田兵曹長との濃密な関係を、同じ艦に乗艦している【死に見せらせた人間は美し】くて観察対象にする、そんな軍医長の『私』が観察する話。
    彼らは自分らが乗りこむ潜水艇を「坊や」と呼んで愛でるんだよー。
    軍医は彼らの関係を妄想するの物凄い。軍医自身も『戦争行為』や『特別攻撃する人間が身近にいる』『死ぬこと』などを、戦闘が近づくにつれて艦内がざわめく空気を感じつつ。

    静かな精神世界と宗教(仏教)に関する話なので、一般的な戦争文学ではないけど、張り詰めた海軍人の雰囲気が素晴らしい。ここでの宗教は、浄土真宗高田派を信心する

    正直、この作品はもっと評価されて良い作品。三重県と言う真宗高田派の多い地域から出た地方文学としても、真珠湾攻撃ものの戦争文学としても戦後純文学としてもそれぞれ大きな意味を持つ高クオリティ。 
    http://bit.ly/6hiy9g

    ■このNHKスペシャルの裏、教育ではETV特集「障害者たちの戦争」!
    なぜ分散させてくれなんだ…!

    ということで、精神障害兵士に関する書。
    清水寛編 『病床日誌』
     http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA80920047
    こちらはまだ未読なので、同じ編者のものを。

    清水寛編『日本帝国陸軍と精神障害兵士』
    http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA81499356
    実際の兵士の症例が載っていて、満州駐留時に脱走して満州国軍の中国人兵舎で保護されて漸く皆が認識したとか、内務班でバカ扱いされて不当に扱われてたとか、発見された人は幸運な方で、やはり『負担』とされた人は多そう…。
    結局、兵隊を送り出す杜撰なノルマや当時の精神障害に関する知識の乏しさと障害者の社会的地位の低さ、なにより国家総力戦になったときの切羽詰り感がなあ…。
    あと彼らをも兵士と看做した『認識』も、単なる精神論だけでは言えぬ気がしてきた。
    別の本で読んだっけ。
    知能障害の息子が兵役に受かった(昔はままあった。まず身体で判断するから)とき。
    ああやっと息子が一人前と認められたんだ!って親が泣いて嬉しがったって言う。
    誰にとっても得じゃないのにね…。
    それでも親御さんの気持ちは判る。分かるからこそ悲劇やな。


    タグ:近代全般書 文芸全般書 陸軍
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  • 226事件時の市電上京メモ

    ■いや、事件の朝から数日間どうなってたのかな。っていう。
    例えばお勤めのひととかどこで足止めとか、逆に泊まりこみで仕事明けの官庁街のひととか、どうしたのかなっていう。
    26日の朝8時くらいに池袋の自宅から出て、新宿のおばさんちに行ってから、昨日から泊りがけだった内務省にお勤めの父親に会いに行きたい人(電話なんて引いてないよ!)の場合を中心にこんな感じかメモ。(随分ピンポイントな例である)

    ・どうやら市電が止まったのは29日っぽい。
    ・26日の昼には、三宅坂一帯だけが交通遮断してた模様。
    ってことは朝に池袋から省線電車で新宿乗り換え、新宿線で新宿三丁目の叔母の家に寄って、そのまま新宿線で半蔵門で足止めな感じ?
    ・そういや半蔵門で誰何する写真があった。
    すると…半蔵門駅あたりから歩こうとして、南御堀端警備は昼まで雪の上で仮眠してる安藤隊だから「あぶないから早く帰れ」って諭されるか、内務省へ兵隊さんに連れてって貰うかなー。

    つまり。以下仮説。
    s11年2月26日。朝、池袋出発・省線電車で新宿→市電新宿線で新宿三丁目の叔母の家→新宿線で半蔵門→半蔵門線桜田門まで乗継予定が半蔵門で通行止。
    雪上仮眠中の歩三安藤隊に事情を話し、父親の勤務先(内務省)へ連れて行って貰う。
    昼食べて給仕らと共に省を出る感じか。
    安藤中隊長に「寒いとこ歩いて来たのに、市電止めててごめんなー。でもな、どうしてもやらなきゃならん仕事なんだよ」って頭撫でられて、図嚢から取り出した金平糖を貰う、とか妄想するじゃん。(こんなこと、ないです)

    ついでに、参謀本部附少佐の従兵。原隊は歩一。
    s11年2月26日2時。他隊で非常呼集があった事は知ってる。
    早朝ざわざわしてる連隊から参本に行くも入れず。少佐の自宅に走って報告。少佐に従い憲兵本部へ。
    翌27日に軍人会館の戒厳司令部へ移動。って感じかなー。

    まあうん、なんとなくどんなかんじに人が動くのかな、って具体的に考えてみると楽しいし、地理・状況などがなんとなくわかってくるような気もする。


    参考:日本鉄道旅行地図帳 5号 東京―全線・全駅・全廃線 (5) (新潮「旅」ムック) とか

    タグ:陸軍
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