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「お初ちゃん」という時代の暴力性

■上田トシコ『お初ちゃん』読んでててムカついてくる。
話も面白いし凄くおしゃれ。お初ちゃん達キャラも可愛い。
悪くない。
周囲にも社会的にも金銭的にも恵まれた「当時の憧れ」な天真爛漫な女子高生。
彼氏はイケメン東大生でとっても優しくて、このカップルとってもかわいい。
他のキャラも面白いし、魅力的なのでキャラ云々ではない。
ただただ根底にある1960年代の強引さっていうか、とにかく風潮が合わんようだ。
作品にはなんの落ち度もない。すごくおもしろい。
ただただ設定された時代風潮に不快感を持つ。なんなんだろうなー。
もともと昭和30年前半以降の(一部除いて)日本現代史に急激に食指動かなくなるからな、そこらが原因だろうけど。なんかあの無責任にみえる風潮がムカつく(って失礼なことを思う)。

お初ちゃんはさー屈託なく恵まれて生きてるの。
イケメン東大生(卒業後雑誌記者になる)の彼氏持ちの女子高生で、やりたい事やって生きてる憧れ。自由でキラキラしてて、ちゃっかりしててかわいい。
でも同じ屈託なく生きてる、使用人の子って不当に扱われるのには断固拒否するけど、弁えもって自分の責務を果たして生きてる『フイチンさん』の、フイチンさんの方が好きだな。

たぶんそれは、個人のパーソナリティとしての設定じゃなく、時代性だと思う。
そこが1950年代に描かれた(設定は戦前満洲だけど)フイチンさんと、1960年の娯楽雑誌「平凡」連載のお初ちゃんとの違い。
あの時代は勢いは解るんだけど無責任感を感じて苦手…。
そういう意味で上田先生はすごいなあって思うんだけど、まあそんな感じ。

でもほんとうにキャラの線もスタイルもファッションもおしゃれで、話もウィットに飛んだ風刺も織り込んでて、上田トシコ『お初ちゃん』オススメ!
当時女子校で流行ってた【エス】(マンガ内ではマリア様がみてるのスール的な感じのもの)も、ちゃっかりしてる後輩を描いててしっかり裏表描いてる。

■『フイチンさん』は、戦後に戦後の異民族社会を描いているのに、普遍的な心のありようを描いてるので非常に読みやすい上、風俗がリアルで素晴らしい。
その設定された物語背景に、戦後日本の民主主義を上手く反映して描いてるんだけど「満洲」の雰囲気は壊してない。お話として矛盾していない手腕も興味深いよよよ。
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  • のらくろのパラレル系譜。

    ■のらくろには大きく分けて、2つのパラレルがある。

    1-1は、戦前の少年倶楽部連載および単行本の系譜。
    1-2としての、戦後に単行本で出て、最終的におぎんちゃんと結婚して喫茶店やるバージョン。
    戦前の話と直接つながっているわけでもなく、田河水泡先生自身の描き方もかなり違ってるので、個人的にはこれもパラレルとしたい。

    2つめは、戦後にリバイバル版として新しく書きなおされた「普通社」「ろまん書房」。
    読者層が大人になっている(むしろ、かつて少年だった大人へ、向けというか)。
    ここのサイトが詳しいので参照に。
    2-2として、雑誌『丸』に連載されて、のち単行本『のらくろ自叙伝』になった話。2-1とだいたい同じような話の内容。

    あとは各種パラレルも少数(特に戦後すぐ、のらくろがいろんな職業やったりする話も多い。
    「なぜか」一時期近代デジタルライブラリーで閲覧可能になってたw『のらくろ珍品草』とか)。
    中部日本新聞に連載された『のらくろ』『2代目のらくろ』(平日連載の、だいたい8コマ程度。カラーページ多し)は、のらくろとその息子の話。奥さんも出てくるが外見は似ているものの、おぎんちゃんではなさそう。「母親」という役割以上に付与されたものは感じない。
    他にセリフが全てカタカナ表記の『チャメケン』など、他の漫画への準レギュラー出演とか。
    中日新聞版『のらくろ』『2代目のらくろ』および『チャメケン』は単行本化していない模様。
    各種、掲載新聞および雑誌で確認するしかない。
    (チャメケンは読むのにちょっと手間がかかった。入手がなかなか…)
    この各種戦後版に関してはまた今度詳しく。

    ■2に共通する点としては、1の戦前とは全く違うこと。
    猛犬連隊の他の連隊にいた別犬・野良犬黒吉の話、って感じ。パラレル以前に。
    漫画版は第一連隊らしいので、同じ東京(なんて云ってもテラ江戸弁w)なら第三連隊の話って感じ。それくらい違うけど、戦前版のネタもときおり上手く入ってくる。
    なかなかおもしろい。今で言う、原作と映像化の時の違いのような。

    ■戦後ものに共通するんだけど、ストーリーとして大人向きであるが故に、非常に面白い。
    また興味深いのが「猛犬連隊は人材不足であり、将官が早い」こと。
    戦争末期を思い出すわ。でも、反戦心理描写や上等兵時代の辺なんかは、田河先生従軍時代である大正末の軍人の「流行ってない」微妙な社会的地位もうまくアレンジして犬社会の中に書き込んである。

    そこらは、テーマの違いと云う感じか。
    戦前のテーマは佐藤紅緑作成の「陽気に元気にいきいきと」という中にある「どんな逆境に育っても、決して自分自身を見限ったりするものではない(全集前書から)」。
    それって、当時の未来ある少年らが望んだ(=だから売れた)ものだったろうわけで。
    戦後のシニカル色濃い(最も大岡昇平などの平穏な大正期に青年期を送ってる世代特有の、軍隊に対する少し斜めに見た感は、戦前でも既に見えるけどw)戦争批判を込めた描き方は、かつての少年が見た現実を投影してるのがテーマなので、感じてしまう戦前版のイメージからとの違和感はテーマ違いだからなのだよね。
    でもさすがストーリー面白い…!

    (考え方の違いといえば。
    つねづね『のらくろ漫画全集』の手塚治虫の文章に疑問を持ってたんだけど、それは田河先生との世代なんだろうなーなんて思う。
    手塚の象狩りの話の読み方は戦後的つか、無理に階級を作ってる感じ。とちょっとだけ。
    いや、疑問の本題は違うことだけど、捉え方の問題なのかな。って)


    ■まあ、長く適当なこと云ってたけど。わたし的には。
    戦前版:凛々し可愛いかんじの小柄な第一連隊所属
    戦後版:江戸っ子いなせな若造の第三連隊所属
    ってイメージ。戦後版は犬耳しっぽがない方がいいかも。デカも戦後版はおおらか田舎青年だな。戦前版は普通のいいとこの子にする。



    タグ:のらくろ
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  • のらくろという兵隊の休日。

    ■のらくろの孤児設定で『のらくろ自叙伝』にあった一文が本当に忘れられない。

    「あの涙のように兵舎に溶け込んで、自分と軍隊の化合物になってしまえば、孤独感を引きずってさまよい歩かなくてもすむだろう、と思った」 

    日曜に、帰る家のある戦友達を見送って。冬の空を見上げたら涙が窓枠に零れたという一節。

    ■それでのらくろは詩を作るんだけど、それが田河先生のダダイスト的なものがすごく出てる注目すべき詩。
    「これはおれの涙だ   でもおれは否定する
    俺は泣いた覚えはない  涙よ、お前こそ孤独だ」
    涙が窓枠に染み込んで孤独でなくなった様に、自分も軍隊に染み込んだら孤独じゃない…!
    そして、己自身(の感情の発露)である涙を否定することで新しい自身を腕づくで作り出してる。

    泣いてなんかない!ってのらくろ意地っ張りだから…!!いいこだなああホントに!!
    いつも元気で朗らかなのに、内面では孤独感を自分で克服しようとしてるとこが、ホントに可愛くていじらしくて立派すぎるよ…!!!つよいこのらくろ!!

    ■戦前版でも、のらくろがこじであるという話をみんな知ってて、普通のことのように云わせてるから、余計に響くというか。
    デカも別に「ああ、班長どのは家族がいないから可哀想だ」とか云ったり、家族のことを下手に隠したりしないで、同情を一切描かないのもいいなあ、と心に残る。
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  • 野良犬黒吉あて召集令状

    ■『のらくろ召集令』表紙見返しに召集令状が!!


    明朝朝飯後に連隊本部集合ってこの赤紙厳しいw

    田河先生の筆跡可愛い!「ら」にこだわりが。
    のらくろは、大陸で探検やるために辞めてるので赤紙が来る。
    豚との戦争が終わったら、こんどは山猿軍との戦いなのです。
    青年誌向ぽくなったというか、兵隊さん達のボヤキがリアルで面白いw
    のらくろは相変わらず元気!!!

    ■山猿国との国境にある村の犬村長かっこいい。
    自分たちの村を守るため、山猿の参謀に咬みついて勝った!!

    猿達に「あいつかみつくからなあ」って言われてて、あの村長すごいな。って恐れられてるww
    しかも犬村長、猛犬連隊に「早く迎撃しろ!」って鳴り込んだwwカッコ良すぎるw!

    テキサス大佐がいい味のキャラ。
    士官学校生徒隊長だったから、実戦経験のない新米連隊長(ブルさんが退役)とか!
    モール大隊長また苦労ばっかw
    で、従兄弟のブルさんに泣きついて素直に指揮官引くとか、ブルかっけー!


    タグ:田河水泡
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  • のらくろ自叙伝

    ■田河水泡『のらくろ自叙伝』
    これは漫画じゃなくて、小説仕立てののらくろ自伝である。

    戦後に雑誌「丸」で新しく書きなおされた版(ハードカバーの、通常思い浮かばれる戦前単行本や、それに続く戦後3部とは派別のもの)が基準になってるみたい。戦前版と違う。
    その戦後「丸」連載版は、猛犬連隊の他の連隊にいた別犬・野良犬黒吉の話、って感じ。
    パラレル以前に。
    漫画版は第一連隊らしいので、同じ東京なら第三連隊の話って感じだなあー。

    だが格段に設定がリアル。
    鬼班長にビンタされてるしw
    のらくろかなり口悪い!中隊長のこと安手っぽいて!こら!ハンブルと入営から戦友設定か。
    これはこれで面白い!
    テラ江戸弁www あの弁士がアテレコしてる戦前ののらくろ映画くらい強烈すぎるww

    そして。
    戦 後 版 の ら く ろ は、し っ ぽ の 先 が 白 い!
    うん、別犬だ!ww
    なんかねーイメージは、やせぎみのいなせな兄ちゃんって感じ。
    戦前版のかわいらしさとは別ものやなー。考え方も言葉遣いも違うし。

    なんかタンタンを引き伸ばした感じだ中隊長…!

    ■なんつーかやっぱり掲載誌の違いと云うか青年向けで、話も悲哀とかそんな感じで、でも戦前と変わらぬシニカルな感じ。
    しかしストーリーとして大人向きであるが故に、非常に面白い。
    また興味深いのが「猛犬連隊は人材不足であり、将官が早い」こと。
    戦争末期を思い出すわ。
    でも、反戦心理描写や上等兵時代の辺なんかは、田河先生従軍時代である大正末の軍人の「流行ってない」微妙な社会的地位も書き込んである。
    そこらは、テーマの違いと云う感じか。

    戦前のテーマは佐藤紅緑作成の「陽気に元気にいきいきと」という中にある「どんな逆境に育っても、決して自分自身を見限ったりするものではない(全集前書から)」。

    それって、当時の未来ある少年らが望んだ(=だから売れた)ものだったろうわけで。
    戦後のシニカル色濃い(最も大岡昇平などの平穏な大正期に青年期を送ってる世代特有の、軍隊に対する少し斜めに見た感は戦前でも既に見えるけどw)戦争批判を込めた描き方は、かつての少年が見た現実を投影してるのがテーマ。
    違和感はテーマ違いだからなのだよね。でもさすがストーリー面白い…!

    ■まあ、イメージとして。
    戦前版:凛々し可愛いかんじの小柄な第一連隊所属
    戦後版:江戸っ子いなせな若造の第三連隊所属
    という感じ。特に擬人化で考えたら。
    戦後版は犬耳しっぽがない方がいいかも。
    デカも戦後版はおおらか田舎青年だな。戦前版は普通のいいとこの子にする。

    (とりあえずここまで。また書きなおす)


    タグ:田河水泡
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